2008年09月30日
ヴォーリズ・日本を愛した男~新企画・この人この世界
毎回、各方面で活躍する著名人を取り上げ、
その人の人生や世界観を見ていく新企画
『この人この世界 in 天の迷宮冒険デイリー』。
第1回の今回は、「日本を愛した男~W.M.ヴォーリズ」です。
ボクが住んでいる滋賀県安土町にある、「旧伊庭家住宅」。
とてもレトロなたたずまいのこの邸宅を設計したのが今回の主人公、
数多くの西洋建築を手掛けた建築家、
ウィリアム・メレル・ヴォーリズさんです。
アメリカから英語教師として来日したヴォーリズさん。1941年に日本に帰化、
満喜子夫人と結婚し,一柳米来留(ひとつやなぎ めれる)と改名。
日本各地に西洋建築を建て、まさに「日本を愛した男」なのです・・・
その人の人生や世界観を見ていく新企画
『この人この世界 in 天の迷宮冒険デイリー』。
第1回の今回は、「日本を愛した男~W.M.ヴォーリズ」です。
ボクが住んでいる滋賀県安土町にある、「旧伊庭家住宅」。
とてもレトロなたたずまいのこの邸宅を設計したのが今回の主人公、
数多くの西洋建築を手掛けた建築家、
ウィリアム・メレル・ヴォーリズさんです。
アメリカから英語教師として来日したヴォーリズさん。1941年に日本に帰化、
満喜子夫人と結婚し,一柳米来留(ひとつやなぎ めれる)と改名。
日本各地に西洋建築を建て、まさに「日本を愛した男」なのです・・・
様々な分野の事業を展開する奉仕組織「YMCA」を創立。
さらに、「メンターム」でお馴染みの「近江兄弟社」も設立した実業家です。
また、ヴォーリズさんはキリスト教の伝道師でもあり、
自らも賛美歌を手掛けます。
近江兄弟社学園校歌や賛美歌236番などの作詞を担当しました。
このように様々な場面で活躍していたヴォーリズさん。
特に、ボクが住んでいる安土町のお隣・近江八幡市で
その人生のほとんどを過ごしました。
そんな功績もあり、近江八幡市の名誉市民第1号に選ばれた6年後、
1964年に自宅(現・ヴォーリズ記念館)で亡くなりました。83歳だったそうです。
現在でも市内には「ヴォリーズ記念病院」や「八幡商業高校」、
「旧八幡郵便局」など、数多くの「ヴォーリズ建築」が残っています。
また、豊郷町にあるヴォーリズ建築「豊郷小学校」校舎は
一時取り壊しの危機に見舞われましたが、
地元住民のみなさんによる熱心な活動で、どうにか保存することになりました。
今も日本各地(特に滋賀県)に多く残る、ヴォーリズさんの面影・・・
大切にしていきたいものです。
さらに、「メンターム」でお馴染みの「近江兄弟社」も設立した実業家です。
また、ヴォーリズさんはキリスト教の伝道師でもあり、
自らも賛美歌を手掛けます。
近江兄弟社学園校歌や賛美歌236番などの作詞を担当しました。
このように様々な場面で活躍していたヴォーリズさん。
特に、ボクが住んでいる安土町のお隣・近江八幡市で
その人生のほとんどを過ごしました。
そんな功績もあり、近江八幡市の名誉市民第1号に選ばれた6年後、
1964年に自宅(現・ヴォーリズ記念館)で亡くなりました。83歳だったそうです。
現在でも市内には「ヴォリーズ記念病院」や「八幡商業高校」、
「旧八幡郵便局」など、数多くの「ヴォーリズ建築」が残っています。
また、豊郷町にあるヴォーリズ建築「豊郷小学校」校舎は
一時取り壊しの危機に見舞われましたが、
地元住民のみなさんによる熱心な活動で、どうにか保存することになりました。
今も日本各地(特に滋賀県)に多く残る、ヴォーリズさんの面影・・・
大切にしていきたいものです。
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